今週の始めから春休みが始まっています。
大学生にとって春休みは最も長い長期休暇なので、世の大学生は歓喜に包まれていることかと思います。僕も例にもれず、そうなるはずだったのですが、天敵である期末テストの出来が振るわず、結構メンタルが…
今までの期末テストは1週間くらい前に2,3時間ほど勉強すれば落とすことは無かったのですが、そこは2回生後期。専門的な内容も増えてきて、日ごろ勉強をさぼりがちだった僕は単位も危なそう。理系は単位を取るのが難しいという風のうわさがマジであることを知ってしまいました。
とはいえ、悪いことばかりではなく。やはり人は痛い目を見ることで賢くなっていくものですよね。今回のテストで自分の高校からの勉強姿勢が間違っていることに気づかされました。
今回は3回生前期へ進む自分への戒めとして書いておきます。
授業は聞くものではなく、理解するもの
まず最初の勘違いですが、今まで授業にはまじめに出席していました。もちろん、寝ることなく先生の話を聞いていました(携帯は触っていたような…)。
しかし授業を受けた後は復習をするでもなく、次回の予習をするわけでもなく受けっぱなしでした。まさに聞いているだけ。
今から思えば時間の無駄でした。それなら自分で問題集を解いているほうが理解は進んだでしょう。
これは結構な罠なんですが、大学の授業って出席すれば下駄を履かしてくれるものが多いのです。そうなると、多少わからないことがあっても単位は貰えるだろうと慢心してしまうのです。
別に授業に出ても無駄だと言ってるのではなく、あくまで目的は学問内容を理解することだということです。
教科書を読むということ
さらにもう一つの勘違いが、”教科書を読む”という行為。教科書も本の一つですが、いわゆる読み物ではありません。自分の頭の中で、その学問の内容の理解を組み立てていくためのガイドをしてくれるものです。
つまり、ただ読んでいるだけではほんの一部しか理解できず、あまりにも理解が追い付かない場合は読むことができませんし、その気力もなくなっていきます。
ただ一つわかったのは、きちんと立式やその解き方を追っていけば、字面だけ追っていると理解できなかったものが不思議と理解できるものだということです。
逆に言うと、手を抜かずに理解を組み立てていけば、一見難しそうなことも腹落ちしてわかるということ。これは頭が良いとか悪いとか以前の問題です。
一つの説明が何ページにも渡って続いていると、圧倒されて読みたくなくなるのですが、実はそれだけ丁寧に説明してくれているということ。著者の先生に感謝しながら読み解いていくのが重要です。
勉強の仕方
僕はこれらのことを大学に入って、しかも2年たってから気づきました。しかし、よくよく考えてみればこれらのことは中高の学校でやらされていた勉強の仕方とほとんど一緒です。教師が手取り足取り面倒を見てくれるかが違うくらいです。意外と本質は変わっていないんだと思うと、納得半分呆れ半分ですね。
おそらく難関大学に受かるような人たちは大学に入ってからも同じように勉強していけるのでしょう。僕は専門的で、量も多い教科書に浮足立ってしまいましたが、今回でコツをつかめたと感じています。
「教科書を読んで理解を組み立てていく作業」と「問題を解いて理解を確認する作業」をしっかり回していきたいと思います。3回生の最後には研究室配属があるので、GPA武装をするためにも勉強をしていきます。
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